斬花一閃 2

 呆れ顔の将臣と困惑を隠し切れない頼久、場を去る機会を逸して立ち尽くす頼忠達三人の前で、手を合わせた望美は申し訳なさそうに頭を下げている。ちらり、と視線だけを上げて頼久を見ると、彼女はもう一度謝罪の文句を口にした。
「あの……ほんとに、ごめんなさい。邪魔にならないようにとは思ってたんですけど、頼久さんの事見てたら、つい時間を忘れちゃうって言うか、気がついたら夢中になっちゃってて……。
 やっぱり、じろじろ見られてちゃ稽古に集中出来ませんよね。これからは気をつけます」
「いえ、そのような事は無いのですが……」
 望美の言葉は、彼女が故意に頼久を追いかけていた事を示すものだが、やはりその真意は分からない。彼女の意図を掴みあぐねて困惑する武士を見かねたのか、将臣が二人の間に割って入った。
「おい、望美。それじゃ何がなんだかわからんだろうが。
 最初からちゃんと理由を話せ。お前、何で頼久をストーカーしてたんだ?」
「将臣! 己の神子殿に対して、そのような口の利き方は   
「もう、将臣くん。ストーカーって、人聞きの悪い。そんなんじゃないよ」
 むっ、と望美が眉を顰める。頼久や頼忠の神子よりやや成熟した雰囲気を持つ少女は、そういう表情を見せると、途端に年相応のあどけなさを滲ませる。
「似たようなもんだろうが。稽古ん時だけじゃなくて、戦闘でも頼久やら頼忠に頼りきりだろ、ここんとこ」
 譲がえらく拗ねてたぞ、と、微妙に複雑な声色で将臣が付け足す。となれば、頼久達に付きまとうような望美の行動は、当事者である彼らだけではなく、他の者の目にも止まるほど明らかだったと言う事だろう。
 将臣の追及に、う、と望美は呻いた。
「そ、それはそうなんだけど……」
 微かに動いた少女の翠玉の視線が、頼久の紫苑の瞳と絡む。望美が困っているのはその面差しから読み取れるのだが、同じくらいに自分も困惑しているので、何と声をかけていいのか分からない。頼忠も同じだろう。一見無表情に取れる鉄面皮には、ありありと混迷の色が浮かんでいる。
「……ったく、世話の焼ける」
 言葉に詰まった望美の頭上に、ぽん、と将臣の手が置かれた。そのままやや乱暴に彼女の頭を撫でながら、少し語調を緩めて望美を諭す。
「はっきりしろよ、らしくねえな。なんか訳があるんじゃないのか?」
 うう、と唸った少女は、将臣を一瞥した後、頼久と頼忠を交互に見た。実直な武士二人の間に視線を置くと、彼女はどこか恥ずかしげに頬を染めて呟く。
「あの……笑いませんか?」
「とんでもございません。
 此度の一件も、望美殿には深いお考えがあらば故と存じます。その御心を汲み取れぬばかりか、あろう事か貴女を笑うなどと   そのような無礼な行い、断じて己に許す筈がありませぬ」
 反射的にそう応じた頼久の答えに、頼忠も深く同意を示した。
「頼久殿の仰る通りです。
 そのようなご心配はご不要にございます。どうか、我等に斯様なお気遣いはなさらぬよう」
「そんなに真面目に答えられると、却ってこっちが恐縮しちゃうんですけど……。
 っていうか、ほんとに天の青龍の中で、将臣くん一人だけ性格違うよね」
「ほっとけ。ってか、あいつらみたいな口調で俺に喋れって言うのか、お前」
「それは……違和感凄いから、勘弁して」
 望美はため息をつくと、漸く腹を括ったのか、真っ向から頼久を見た。
「あの、ですね?」
「はい」
「私……その、頼久さんの」
「私の?」
 こくん、と息を飲むと、望美は意を決したように唇を開き────

「た、太刀筋が気になって   

       
                
                                     

「……………は?」
 正直、何を言われたのか、良く分からなかった。
 いや、その言葉を発したのが、望美ではなく彼女の八葉   同じ剣の使い手である九郎やリズヴァーン、或いは真横に居る将臣でも、頼久はそれなりに納得した事だろう。頼久自身、九郎とリズヴァーンの流麗な剣さばきや、将臣の振るう剛剣に目を奪われた事が一度ならずあるのだから。
 しかし、今彼の目の前に立っているのは、精強な武人ではなく、あかねとそう変わらない年頃の可憐な神子姫なのだ。
 望美の言葉が容易に信じられず、頼久は恐々と聞き返す。
「わ、私の   太刀筋が、で、ございますか?」
「はい」
 にっこりと笑って頷く望美の顔には、一点の曇りも無い。くるりと身を翻して傍の頼忠を振り向くと、彼女は真下から彼を見上げた。
「あ、私、頼忠さんの太刀筋も好きですよ?
 ただ、頼忠さんってあまり人目につく所で鍛練してないから。どうしても頼久さんの方を追っ掛ける形になっちゃってたんですよね」
 その射籠手の柄、遠くからでも良く目立ちますし   と付け足して、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「はぁ……」
「左様で……ございますか」
 巧く反応出来ず、微妙にずれた相槌を返す先達を余所に、将臣ががりがりと頭をかき回して、大きく肩を竦める。
「やれやれ。やっぱ、そんな事だろうと思ったぜ」
「仕方ないじゃない。今は他にやる事も無いんだもの」
 望美は唇を尖らせて、将臣を軽く睨む。彼らの間では意志の疎通が取れているのだろうが、頼久と頼忠の二人にはまだ状況が掴めない。硬直した武士たちの背を軽く叩きながら、将臣が望美に続きを促す。
「けどな。その説明だけじゃ、俺はともかく、こいつらには良く分からんだろ。
 お前の勝手で散々振り回したんだ。最初からちゃんと筋道立てて話してやれよ」
「将臣、私は決してそのような   
 頼久の抗議は途中で遮られる。じゃあ、立ち話もなんですし   と言った望美が、彼を手招きしてその場に座るよう求めたからだ。僅かに躊躇ったものの、直立した姿勢のままでは、話の間中、望美が身長の離れた己を見上げ続ける事になる。それでは少女も辛かろうと、青年は望美から少し離れた場所に膝をついた。反対側では、頼忠が将臣に半ば引きずり倒されるようにして、腰を下ろさせられている。
 地面に近い位置に陣取ると、水辺独特の清浄な匂いが鼻をついた。気持ちを落ちつかせるように草水の香を深く吸い込んでから、顔を上げて望美を見る。
 即席の円座の中央で、少女は折った膝を浅く胸に抱えるようにして座っていた。
「えっと、私が元の世界で剣を使ってた事は、前にもお話しした事がありますよね?」
「はい。伺っております」
 それは望美自身からも、また望美の八葉からも、幾度か折りに触れて聞いている。行く末の龍神の神子は、自ら剣を取り、八葉と肩を並べて戦う戦神子でもあるのだと。
 最も、直に望美が剣を振るう姿を見ていない頼久には、あまりその実感は沸いていなかった。
 確かに、望美と共に戦陣に臨んでいれば、彼女に武の心得がある事は分かる。敵の気配を察知する勘の良さや、攻撃を躱す身のこなし、当意即妙の采配など、その資質は神子と言うより、戦の将に近く感じる時さえある。
 しかし、女人が   まして、誰よりも尊く清らかな龍神の神子が、剣を手に敵を斬り倒す様など、簡単に想像出来るものではない。頼久にとっての『神子』は、あくまでも庇護の対象である心優しい斎姫   彼の神子であるあかねの姿が基準になっているのだ。
(剣が使えると言っても、護身程度のものかと思っていたが……)
 頼久の戸惑いを置き去りにして、望美は話を続ける。
「こっちに来てから、剣が無い所為で戦う事も鍛練する事も出来ないし、腕が鈍っちゃいそうで困ってたんです。
 最初は九郎さんの稽古を見せて貰ったり、先生から気の練り方とか素手での戦闘とか教わってたんですけど、やっぱり物足りなくなっちゃって。
 それで、先生に他にも出来る事無いか相談してみたんです」

 望美の言葉を受けたリズヴァーンは、最初は眉を顰めて彼女を諭したのだと言う。
『神子、今の己に過ぎたる力を求めてはならないと言った筈だ』
『それは分かってます。
 私は、過ぎる力を求めてる訳じゃない。今の私に出来る事をしたいんです。
 先生、本当に今の私が他に出来る事は無いんですか?』
 リズヴァーンの青い双眸が、真剣な面差しで師を見つめる弟子を捉える。
 少女の面に浮かぶ強い決意を見て、彼は静かに告げた。
   ならば、その目で見る事で学ぶと良い』
『見て   学ぶ?』
『そうだ。
 ここには多くの武人が居る。皆それぞれに力を極め、武に秀でた者達だ。そして、彼らの振るう良き太刀筋は、見るだけで多くのものを学ぶ事が出来る。
 神子、彼らに学びなさい。こうして三代の八葉が一堂に集う機会など、二度はあるまい。この機を無駄にしてはならない』
『……はい、先生!』

「なるほど。それで、こいつらの後を追っ掛け回してたって訳か」
 将臣の言葉に、うん、と望美が頷いた。
「強いって言うなら、泰明さんや泰継さんもすごく強いけど、私とは全然戦闘スタイル   じゃなくて、戦い方が違うから、剣の参考にはならないしね。
 そうなると、太刀筋を学ぶには、やっぱり頼久さんと頼忠さんの二人が適役かな、って」
 少女は二人を見て、眩しそうに目を細める。
「二人の太刀筋って、とっても綺麗なんですよ。基本的な流れは九郎さんと似てるけど、もっとシンプル   ええと、一切無駄の無い感じで。見た目の派手さが無い分、洗練されてるって言うか……実戦向きの太刀筋だなって感じました」
「望美殿   
「二人の太刀筋を見てると、自分の剣の無駄なところとか、弱いところが見えてきて、すごく勉強になるんです。二人と手合わせしたら、どう動いて、どう攻めるかって考えてると、自然と自分の剣を見直す事にもなってきて。
 先生が言ってた、『目で学ぶ』って、こういう事かって思ったの」
「……左様でございましたか」
 頼久は漸く得心が行って、肩の力が抜けるのを感じた。
 女心にかけては百戦錬磨の友雅に、望美の真意が分からなかったのも、今なら納得出来る。想い焦がれる眼差しも、或いは想い破れて恨む眼差しも、彼はその数多の色を知っているだろうが、『太刀筋に見惚れ、剣の手合わせをしたい』などと言う物騒な目を女人から向けられた事は、如何に武官の友雅と言えど皆無の経験だろう。
 頼久を見る望美の瞳が、殺気に近い鋭さを帯びていたのも当然だ。その時、彼女は頭の中で、頼久の剣と太刀を合わせていたのだろうから。
    戦神子。
 その二つ名が、やっと僅かながらの現実味を伴って望美の姿に重なった。この華奢な少女が、剣を取って己と渡り合う様は、やはり巧く思い描けないままだったが。
「あの……頼久さん、やっぱり迷惑でした、よね?」
 無言のまま思いに沈んでいた頼久の姿に、不安をかきたてられたのだろうか。おずおずと尋ねてくる望美に、彼は唇を緩めて微笑を浮かべた。
「滅相もございません。
 そういう事でしたら、いつなりとお傍に御召下さい。私如き若輩者の剣が、いかほど望美殿のお役に立つかは甚だ心もとのうございますが   御命令とあらば、この頼久、一身を尽くして戦に臨む所存にございます」
「でも、頼久さんや頼忠さんにばっかり頼ってちゃ、二人にかかる負担が多くなっちゃいますから。二人が怪我でもしたら、きっと貴方たちの神子が悲しみます」
 頼久より早く、今度は頼忠が口を開く。
「ご案じ召されますな。
 そも、この戦は天界の乱れを糺し、我等が神子をお救いする為のもの。己が剣をこの戦に役立てるのは、我等にとっても本望にございます故」
「え、えっと……それは、私もあかねさんや花梨さんを少しでも早く助けたいのは勿論なんですけど、その為に二人に無理をさせられません。ただでさえ私の我が儘で、今までも困らせちゃったんですし……。
 って、そんな泣きそうな顔しないで下さい……っ! ……うう……将臣くん、どうしよう……」
「結局俺にふるのかよ?」
 頼久と頼忠の無言の懇願を受けて、望美が将臣に助けを求める。先代達と違い、八葉との間に主従関係がほぼ存在しない望美は、従者の態度を貫く天の青龍二人にどう対応していいのか分からないのだろう。望美にとっての従僕なら銀が該当するが、意外に計算高く強かな彼に比べ、この二人は心底天然である為、ある意味もっと手に負えない。
 幼なじみの必死の要請に、将臣はため息をついて、やれやれとばかりに口を開いた。
「まあ……敵との相性やら、コンディションもあるしな。いくらお前らが頑丈だからって、連戦続きじゃ気力も減っちまうだろうし、いざって時に主戦力がへたれられても困る。
 っつーことで、あんまりこいつらばっかり前線に出すのはやめとけ。その代わり、稽古を見せて貰えばいいだろ? 頼久たちも、お前の見てる理由が分かれば不審には思わないだろうしな」
「そっか。……うん、そうだね。
 じゃあ、そういう事で、お二人とも改めてよろしくお願いしますね」
 そう言って、望美がぺこりと頭を下げる。
 天の青龍達は僅かに目元を綻ばせ、声を揃えるようにして恭しく彼女の申し出を肯った。
「……承知」
「畏まりました」
「二人とも、ありがとうございます。
 でも、ほんと無理はしないで下さいね? 鍛練ばっかりしてないで、休む時はちゃんと休まなきゃダメですよ」
 ね、と念を押すように小首を傾げる姿は可愛らしく、頼久は眩しげに双眸を細める。
(この頼久の太刀を恐れるどころか、自ら求めて私を傍に召されるとは   流石、戦神子の名に相応しく、尚武の心を備えた御方だ。
 だが、従者である筈の八葉を気遣われる優しさは、望美殿も私の神子殿と良く似ておられる)
 少女の微笑と共に、緊張と困惑の絡み合った糸がゆっくりと解けていき、周囲に穏やかな雰囲気が訪れた。
 望美は大きく伸びをするように背を逸らせてから、とさりと膝の上に両手を下ろす。
「あーあ、それにしても残念だなぁ。
 今剣があれば、絶対二人に手合わせをお願いしたのに」
 こんな機会、ほんと滅多に無いよ   とぼやく望美の声は、心底がっかりしているようだった。
 望美が剣を持っていれば、間違いなくこの場で頼久たちに手合わせを挑んできたのだろう。龍神の加護を受けた神子の剣の腕がいかほどのものか、興味を引かれないと言えば嘘になるが、かと言って、敵でもない女人と太刀を合わせるのは勘弁願いたい。望美がこの世界に剣を持ち込めなかった事を、頼久は半ば惜しみ、残り半ばで安堵する。
 子供っぽく拗ねる望美に、何を思いついたのか、将臣がにやりと人の悪い笑みを引いた。
「じゃ、俺の剣でも使ってみるか?」
 おもむろにその場を立つと、彼は前触れもなくぞろりと腰の大太刀を引き抜く。あまりにも無造作に剥き出しにされた抜き身の刀身に、二人の武士は殆ど本能的に身構えるが、対照的に望美はきらきらと瞳を輝かせて将臣の傍に駆け寄った。
「え、いいの将臣くん!?」
「いいぜ。……使えるもんならな」
 ほれ、と差し出された大太刀を受け取った望美は、そのままの姿勢でぴくりとも動かなくなった。
 柄をしっかりと握りしめ、両足を踏ん張った態勢で、彼女は石のように固く硬直している。
「……………う」
 たった一言、彼女は小さくそう呻いたものの、やはり刀が持ち上がる気配は無い。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
 数秒が経過した。
 まだ、動かない。
 いつの間にか、そのこめかみにじっとりと汗が滲み   両手がふるふると小さく震え出して、彼女の唇から苦しげな吐息がこぼれ   .
「……の、望美殿?」
 恐々と言った様子で、中腰に立ち上がった頼忠が彼女の名を呼ぶ。と、望美は世にも情けない表情で彼らを見上げ、
「……持て、ない」
 涙声で、そう呟いた。
 それはそうだろう、と望美以外の全員が思う。将臣の獲物は、生粋の武士である頼久たちでさえ、初めて目にした時には一瞬気押されたほどの巨大な剛剣なのだ。三代八葉を合わせても、あの大太刀を自在に操れる猛者がそう居るとは思えない。望美とて、わざわざ持つ前に分かりそうなものなのだが。
「まあ、無理ならしょうがねえよな」
 初めから望美には扱えない事を理解していたのだろう。将臣はあっさりと少女の手から剣を取り返して鞘に収めた。
 自分の手ではびくともしなかった大太刀を、いとも軽々と扱う幼なじみの逞しい二の腕を、少女は悔しげに睨みつけている。彼女の視線に気づいたのか、将臣は手を伸ばして望美の髪をくしゃりとかき乱した。
 神子と八葉と言うには、あまりに気安い二人の距離。先代の責務として、幾度かは将臣を咎めた事もあるが、彼の態度が改まる兆しは無い。
 何の気負いも無く、自然に己の神子に触れられる行く末の天の青龍を、僅かばかり羨む気持ちがある事も否定出来ない   .
「そう拗ねるなって。
 俺とお前の剣じゃ全然用途が違うんだから、お前が扱えないのは当然だろ。コイツはどっちかって言うと、斬るっつーより重みで骨ごと叩き潰す武器だしな。
 お前の戦い方は基本ヒットアンドアウェイだし、剣も出来る限り軽くなきゃ話にならんだろうが」
「それは分かってるけど……」
「まあ、頼久やら頼忠なら、元々腕力があるから、大太刀(コイツ)もちょっと慣れれば使えるだろうけどよ。
 お前にはハナから無理だ。先生にも言われたろ? 無いものねだりはやめておけ。ま、たまにはおとなしく守られてろって」
「うう、やっぱり納得いかない! 先生ならともかく、将臣くんにまで説教されるなんてっ!」
「そこかよ!?」
「大体、将臣くんも将臣くんだよ! 私が持てないって分かってて、わざと剣を渡してきたんでしょ!?」
「……いや、普通持つ前に分かるだろうが」
「分からなくて悪かったわね! どうせ鈍感よっ!!」
 突然堰を切ったように、一気にボルテージを上げる望美の勢いに、頼久と頼忠の二人はただ呆然とするばかりだった。将臣は慣れているのか、特に驚く様子も無く、激昂する望美を飄々といなしている。
 こりゃ、相当ストレスためてんな   と、独り言のような低い呟きが、傍にいる頼久の耳に届いた。『すとれす』という言葉の意味は分からなかったが、あかねが今の望美と同じような状態になった時の事を思い出せば、何となく察しはつく。苛立ち   或いは、抱えきれない鬱屈のようなものだろう。
 あかねは、神子としての自分の在り方に思い惑ったり、鬼との戦いに悩み傷ついた時に、抑えきれない感情を露にしたものだが、望美にとって剣を振るえないという状況は、同じように懊悩を鬱積させるものなのだろうか。
 常に剣を帯びていなければ落ちつかないなど、それは武人の習いであって、神子の備えるべき資質とは思えない。
(神子殿も、異界の方だけあって些か浮き世離れはしておられるが……望美殿はその上を行かれるな。
 型破りな龍神の神子も居たものだ)
 内心こっそりと嘆息しつつ、言い争う   と言うよりは、一方的に望美が将臣に食ってかかっている   二人を眺めていると、不意に背後から近づいてくる人の気配を感じた。
「何を騒いでいる?」
 頼久の勘は違わず、ざくざくと草を踏む足音と共に、涼やかな声が掛けられる。
 振り向いた彼の瞳に、両手いっぱいに柿の実を抱えて立つ九郎とイノリの姿が飛び込んできた。

BACK NEXT

Copyright (C) 恋華草 All Rights Reserved.
design by. (C) WebDaisuki.com