斬花一閃 1

 天界の西。南斗宮の正門よりはるか弓手の方角、戌酉申の三門を抜けた彼方に、常秋の平原は在る。
 現世の理(ことわり)に従うならば、一刻の盛りを過ぎたものすべてが朽ち果て、いずれは厳寒と長い眠りが訪れる時節。しかし、時と共に巡る四季が存在しないこの世界では、艶やかな紅葉と、あらゆるものが豊かに実る豊穣の喜びは終わる事が無い。木々は地上では見られないような珍しい天果をたわわに成らせ、鮮やかに色染めた葉は見る者の目を楽しませる。その光景は、思わぬ戦に巻き込まれ、疲れ切った一行の休息を求めるには、これほど相応しい場所もあるまいと思える美しさだった。
「ここで休憩を取りましょう。先程、お二方が辺りの怨霊を鎮めて下さいましたから、暫くは敵の襲撃も無いでしょう」
 戌の湖の畔で足を止めた黒衣の軍師が、物柔らかな微笑みで一同に告げる。笛を手にしてうっすらと頬を染めた二人の若者の前に、眼鏡をかけた青年が大股に歩み出た。
「しかし、弁慶殿。先の休息からそれほど時間も経ってはおりません。今足を休める必要はないのではありませんか?
 未だ神子殿の居られる場所は皆目分からず、手掛かりひとつ掴めぬ有り様なのです。ここは一刻も早く、次の関を越え   
「まあまあ、落ちつきなさい鷹通」
 ぴしりと扇子で言葉を遮られ、鷹通は一瞬鼻白んだものの、宥めるような片割れの流し目に捉えられて渋々と口を噤む。
「君の気持ちも分かるがね、気を逸り過ぎて焦るのは良くないよ。
 我々一行には、女人である望美殿や、年若く戦に不慣れな者も居る。下手に無理をさせて傷でも負わせようものなら   あの心優しい神子殿がどれほど悲しまれるか、分からない君では無い筈だが?」
「友雅殿……」
「え、えっと、私は平気です。こう見えて体力はある方だから……その、鷹通さんも友雅さんも、私の事は気にしないで大丈夫ですよ?」
「と、望美殿はこう仰っているけどね。
 同じような事を仰られた我々の神子殿が、その実どれほどの無理を抱え、我々を心配させまいと気遣っておられたのか、君は一刻の夢の合間にはや忘れてしまったのかい?」
      
 日頃から鍛練を怠らぬ武者たちや、常人とはかけ離れた特殊な力を持つ者を始め、成人した肉体を持つ男子にはそう辛くない道行きでも、彼らに合わせていては、負荷の掛かる者も中には居る。その事をやんわりと指摘されて、鷹通はそれ以上反論を紡ぐ事は出来なかった。
 どことなく居心地の悪い沈黙が落ちる。暫し続いた無言の時を破るように、場の最年長であるリズヴァーンが穏やかな声で言った。
「連戦続きで皆の気力も削がれている。一度休息を入れるのは正しい判断だろう。
 余力のある者は、この間に鍛練を行って次の戦に備えると良い。それが、捕らわれた神子を救う道にも繋がろう」
 焦る心と、自制する心のどちらも汲んだ彼の言葉に、見えない緊張の糸が解けていくようだった。それと同時に、気を張り詰めていた皆の背から力が抜け、殊に体力の少ない幼い詩紋や永泉、泉水などは、隠せない疲労の色にがっくりと肩を落としている。
「うう……あかねちゃん、ごめん。僕、頑張ってもっと強くなるよ……」
「ああ、神子のお側に行きたくとも、足手まといにしかならぬ我が身が疎ましい……物の数にも入らぬこのわたくしが、本当に神子をお救いする事など叶うのでしょうか……」
「神子……どうか、至らぬ身の上をお許し下さい……」
「……たかが休憩取るくらいで、一々そんなに凹むなよ。いいから、おとなしく座って笛でも吹いてろ」
 不毛な思考に陥って沈む三人の後ろで、呆れたように天真が髪をかき回す。目を細めて彼らを見やっていた弁慶は、場を鎮めたリズヴァーンの方を振り向くと、ふわりと小さな笑みを浮かべた。
「有り難うございます、リズ先生。
 では、僕は薬草を集めてくるとしましょう。現世(あちら)ではお目に掛かれないような仙草も在るようですし、これから戦いが増えれば、また薬も入り用になるでしょうから」
「あ、オレも途中まで一緒に行くぜ! さっきあっちに、美味そうな柿の成ってる木があったんだ。ちょうど腹減ってたしな、みんなの分も取ってきてやるぜ!」
「柿か、そう言えば久しく食ってないな。
 よし、俺も同行しよう、イノリ」
「そう言えば、この辺りには随分自生の果物が多いんだな。秋の世界だから当然かも知れないが……。
 せっかくだから、気分転換に何か簡単なデザートでも作ってみるか」
「あ、僕も手伝いますよ。
 キッチンがあれば、もっと手の込んだものが作れるんですけど、ちょっと残念ですね」
「鷹通殿、少し時間を頂けますか? 今後の方針について、貴方の知恵をお借りしたい事があるのです」
「はい、幸鷹殿。私で宜しければ、何なりと」
「皆様方はすっかり馴染まれたようですね。例え生きた時代が違えども、龍神の神子と、その神子を守る私達八葉の志はひとつという事でございましょうか」
「そうだ。問題ない」
    思い思いに散ってゆく面々を見送りつつ、最古の天の青龍こと源頼久は、深々と重いため息をついた。呼気の最後まで吐き出してしまってから、思いの外己の心が乱れていた事に気がついて、彼は額に手を当てる。こめかみが若干の熱を帯びて疼いているのが、指先から伝わってきた。
(……このように思い惑うとは。我が事ながら、未熟にも程がある)
 彼自身の心境としては、先程軍師の提案に異を唱えた鷹通の言葉に同意したかった。北斗星君の手によっていずこかへと攫われ、未だ幽閉された儘のあかねの事を思うと、矢も盾もたまらぬ心持ちになる。今直ぐにでも身を翻し、神子の姿を求め天界の涯までも駆け出したい衝動に襲われる。
 しかし、それが軽挙としか呼べぬ行いである事も、頼久は理解していた。焦燥を諌め、適度な休息を促す弁慶の言葉は正しい。彼の指示に従うべき事は、頼久とて良く分かっている。
 ……分かっては、いるのだ。
   っ」
 沸き起こる雑念を払い落とすように頭を振ると、彼は波寄せる水辺へと大股に歩いていった。一団から少し離れたところに陣取り、すらりと刀を抜き放つ。
 頭上には、どこまでも澄み渡った秋の空。
 暫く鍛練に打ち込んでいれば、この紺碧の如く己の心も晴れてくれるだろう   と念じて、頼久は勢い良く腕を振り下ろした。


◆     ◆     ◆


   はっ!」
 稽古を始めて小半刻ほども経っただろうか。体にまとわりつく微かな違和感に、青年は整った眉を寄せて素振りの手を止めた。
(……またか)
 やや離れた水辺から、じっと頼久の方を窺う視線がある。ここ最近、鍛練を行うたびにいつも感じていたものだ。肩ごしにそちらを窺うと、今ではすっかり見慣れた光景が視界に飛び込んできた。
 頼久から数間ほどの位置に、ぴしりと隙ひとつ無い姿で直立する一人の武士。体格も歳の頃も自分と近い大柄な青年は、次代の天の青龍   源頼忠だ。戦いの最中も、またこうして鍛練を行う時も、頼久の側に控えては、彼の一挙手一投足を鋭く注視している事が多い。
 それに気づいた時は随分と不審に思ったものだが、同じく天の青龍である将臣の仲介で、頼久から武士の在り方を学ばんとする彼の真意を知ってからは、特に咎める事も無く頼忠の好きにさせている。頼久から見れば、頼忠は既に武士としての心得と実力を十全に兼ね備えており、自分が彼に教えられるような事は何も無いと思うのだが。
 いずれにせよ、頼忠が頼久を見ている理由は納得出来る。
 問題はそこではない。
      
 此方に向けられた頼久の視線を感じたのか、頼忠が顔を上げて正面から彼を見る。その切れ長の瞳に珍しく困惑の色を見て、頼久は小さく肩を落とした。きっと自分の目にも、同じような戸惑いが浮かんでいるのだろう。百年を隔てた天の青龍は、まるで双子のように揃った動きで、視線を頼忠の横にずらす。
 そうして。
(……やはり、居られたか)
 長い紫苑の髪が、秋風に緩くはためいていた。花の意匠をあしらった袖が、それにつれてふわりと靡き、すぐ脇に控える頼忠の腕を優しく掠める。表情にこそ出していないが、頼忠が非常に困り果てているのが我が事のように感じ取れ、頼久は深く彼に同情した。
 頼忠の横に立ち、彼と同じように真っ直ぐ頼久を見つめる一人の少女。
    春日、望美。
 そういう名だった。春の日の望月という意味なのだと、初めて出会った時に言っていた。それを受けて、自分の主は夕映えの色の名を持っておられるのです、と答えた覚えがある。
 あかねよりも少し大人びた面差しを持つ、後の世の龍神の神子。同じ世界から来た天真や詩紋、女性のあしらいに長けた友雅などは、望美とも旧知の間柄のように親しく交わっていたが、頼久は望美から距離を取っていた。
 無論、少女の事を厭ってそうした訳ではない。凛として筋の通った気性と、誰にでも分け隔てなく接する明るさは好もしいと思う。あかねに抱くそれとは質も意味もまるで違うが、少なくとも望美に対する頼久の感情は好意的と言って差し支えない。
 しかし、相手が神子という尊い身分であることや、何より女人の扱いが苦手な事もあって、必要以外に自分から話しかけた事は無かった。   筈だ。
(それなのに、何ゆえあの方はこうして私の側に居られるのか……?)
 最初は偶然だと思った。二回目は僅かに疑問を抱いた。その後数回は困惑と自問を繰り返し、此度の事で疑念は遂に確信に変わった。
 頼久が稽古をしている時、或いは剣の手入れをしている時など、気がつけば望美が近くに居て、じっと頼久の事を見ている事が多い。頼久の鍛練を眺める頼忠の隣にも、最近は望美の姿が必ずと言っていいほど存在する。友雅に言わせれば、頼久に負けず劣らず女人の扱いが不得手な頼忠は、自分の側にぴったり寄り添う望美の対処に非常に困っているらしい。
(鍛練の時だけではない。戦に臨んでも、望美殿は私を良く召される)
 刀を下ろし、逆の手で額の汗を拭いながら、ここ暫くの陣形を思い返してみる。当初は五行の均衡や各自の戦力を考えて、満遍なく八葉を指名していた望美だったが、いつの頃からか、頼久が先陣に立つ回数が明らかに増えた。頼久と肩を並べるほど呼ばれるのは頼忠で、二人の内のどちらかはほぼ毎回戦いに参陣している。
(望美殿には、私の剣を頼りにされていると言う事だろうか。だとすれば、武士として身に余る誉れではあるが……いや、しかし……)
 頼久は生粋の武人だ。己が武を縁(よすが)にされる事に誇りこそ覚え、望美の召し出しに否やは無い。それが、主であるあかねを救う為の戦であれば尚の事だ。
 しかし、歴代の八葉の中には、頼久に拮抗する力の持ち主も多く居る。望美の八葉である九郎やリズヴァーンの剣の腕は、頼久から見ても瞠目すべきものがある。まして霊力の強さとなると、稀代の陰陽師である安倍泰明・泰継の二人は言うに及ばず、頼久のそれは明らかに下から数えた方が早い。
 それらの事柄を考え合わせても、頼久や頼忠ばかりを指名する望美の意図が、彼にはさっぱり掴めないのだ。かてて加えて、頼久の後を付いて回るような連日の望美の振る舞いである。
(……分からぬ)
 あかねも人懐こい少女であったが、頼久に対する望美のそれは『人懐こい』という段階をとっくに通り越している。何か明確な目的があって、頼久に張りついているのだと思わざるを得ない状況だ。
 はあ、と深いため息がこぼれる。乱れた心持ちでは、これ以上鍛練に打ち込める気もせず、頼久は剣を払ってそのまま鞘に収めた。
「お、もう終わりか?」
 きん、と言う鯉口の音に被せるように、背中から歩み寄ってくる気配がする。今ではすっかり慣れた鷹揚な口調に、頼久は僅かに緊張を解いて後ろを振り向いた。
「将臣」
 名を呼ばれた青年は、にっと唇の端をつり上げるように笑う。周囲から『似通っている』『瓜二つ』と表される頼久と頼忠だが、最後の天の青龍は、何処かで器が入れ代わってしまったかのように奔放な気性の持ち主だ。最も、大太刀を自在に使いこなす彼の腕は確かなものだし、内実は義理堅く頼れる心根だと知って、頼久はこの青年と随分打ち解けるようになっていた。
 大股で近づいてきた将臣は、ちらりと腰の刀に目をやって苦笑する。
「お前、ほんと真面目だな。
 休憩中くらいちゃんと休めよ。多少はリラックスしろって言っただろ?」
「……ああ、いや」
 珍しく気の入っていない頼久の返事に、将臣は不審そうに眉をひそめる。
「おい、大丈夫か頼久? やっぱ疲れてんじゃないか?」
「いや……疲れてはいない、が」
 頼久は、今日何度目かになる吐息をついて、将臣の顔を見た。
(将臣なら、或いは望美殿の御振る舞いの訳も知っているのではないだろうか)
 友雅や鷹通とは違った意味で、将臣はその若さにも関わらず随分と世馴れている。頼忠の行動を彼に尋ね、疑念を解いてくれたのも将臣だ。幾許か逡巡したものの、意を決して彼は言葉を口に乗せる。
「将臣、尋ねたい事があるのだが……良いだろうか」
「ああ、構わないが   なんだ? えらく深刻な様子だな」
 どうもこういう話は不得手だ。唇を湿し、息を大きく吸ってから、頼久は思い切って彼女の名を口にした。
「その……望美殿の事なのだが」
「あん?」
 思ってもみない話だったのだろう。将臣の眉が、驚きの形で大きく上がる。妙な誤解をされぬよう、慌てて後を継ぐ。
「このところ、どうも望美殿に見られているような気がしてならないのだ。先程も、頼忠殿と共にこちらをご覧になっていた」
「望美が?」
 将臣はますます困惑したように首を傾げる。自分でも良く分からない焦りに追い立てられて、頼久は堰を切ったようにまくし立てた。
「戦いの場でも、近頃望美殿はいつも私を召し出される。いや、それに不満があるという訳ではなく、むしろ誉れと捉えてはいるのだが……。
 その、望美殿には望美殿のお考えがおありなのだろう。私のような一介の武士が、龍神の神子の命に疑念を抱くなど、己の分を弁えぬ不遜なこと……望美殿がこの頼久の剣を望まれるのであれば、持てる力の全てでお応えするのが我が務めと心得てはいる。
 しかし、だな……何というか、こうも立て続けに私を召されると、その……私には女人の心など分からぬし、一体、望美殿が何を思って私をご覧になられているのか、皆目見当もつかず……」
 口下手が雄弁に語ろうとするのは藪蛇だ。気が逸れば逸るほど、舌は縺れ声は掠れ、言いたい事がごちゃごちゃに絡まり合って、終いには単語の羅列に近くなる。混乱する思考を必死で整理しつつ、何とか話を纏めようと無駄な足掻きを続けていると、将臣が呆れたような声で頼久の言葉を遮った。
「ああ、分かった分かった。要するに、望美にストーカーされてるって訳だな、おまえ」
「すとーかー?」
「昼夜問わず、相手の事を一方的に追っ掛け回す不審者の事だよ」
 乱暴な説明だけどな、と将臣は言う。確かに、望美の行動を表すには相応しい表現なのだろうが、将臣の返答は頼久の混迷を深めただけだった。
「……分からぬ」
 実は将臣に打ち明ける前に、頼久は一度に友雅に相談した事がある。女人の扱いにかけては名うての左近衛府少将なら、不審な望美の行動も理解出来るのではないか   と、悩みに悩んだ挙げ句の仕儀であった。
 思った通り、友雅から直ぐに答えは返って来なかった。『ほう? あかね殿という御方がありながら、行く末の神子殿の心まで物思いに惑わすとは   いや、頼久も中々隅におけないね』という揶揄から始まって、意味ありげな流し目を送られ、散々にからかい倒され、一々生真面目に返す頼久の反応を楽しまれた。『さて、この秘め事を神子殿にお伝えしたら、神子殿はどのように思われるかな?』とまで言われた時には、いっそこの男、刀の錆にしてくれようかと真剣に考えたほどである。
 だが、頼久の予想が唯一外れていたのは   あの友雅にも、望美の真意が掴めなかった事だ。頼久の眼前で優雅に扇を閉じた友雅は、瞼を伏せて彼にそう告げたのだった。
『済まないが、それは私にも測りかねるな』
『左様で……ございますか』
『残念ながら、望美殿が君を恋い慕っているとは思えないがね。もし君の懸念している事がそれであれば、の話だが』
 それは頼久もそう思う。男女の機微など分からぬ無骨な身だが、頼久を見つめる望美の瞳にあるものが、淡い恋慕の情などでない事は、彼にもはっきりと感ぜられた。あれはもっと頼久に馴染みのある、頻繁に向けられる事の多い眼差し   そう、殺気に似ている。
 流石に、望美の視線は殺気そのものを帯びてはいないが   そんな気配を四六時中向けられていれば、嫌でも無意識に手が刀に伸びる   そう勘違いするほど、頼久を射抜く彼女の双眸は鋭く厳しいのだ。
 考え込むように腕を組んで、頼久は深く俯いた。
「あのように、始終譴責の目で私をご覧になるなど、知らず望美殿のご不興を買うような無礼でもしてしまったのだろうか……」
「いや、ちょっと待て。何でそう一足飛びに結論出すんだよ、しかも思いっきり後ろ向きな方向で」
「下手な慰めは不要だ、将臣。
 私は武士だ。戦う事しか知らず、女人のあしらいなど知る由も無い。私の不躾な物言いが神子殿の御心を傷つけ、涙を流された事も一度ならずあった……。
 恐らく、望美殿にも知らぬうちに無礼を働いてしまったのだろう。だが心優しい望美殿は、私を責めるようなお言葉を口にはされず、あの瞳で私に訴えていらっしゃるのか……」
「いや、あいつはそういう遠回しな嫌がらせは思いつくタイプじゃねえよ。つか、望美の行動原理は基本的に実力行使だ。腹立ててんならとっくに噛みついてきてるさ」
「嫌がらせなどと! 私は、ただ   
「ああ、もういいって。
 頼忠ん時にも言ったろうが。うだうだ悩むくらいなら、直接本人に聞けばいいんだよ」
 そう言い捨てると、将臣はくるりと反対側を振り向いて、まだそこに立っていた望美を声高に呼ぶ。
「おい、望美。お前、頼久のこと追っ掛け回してんだって? 一体なに考えてんだよ?」
「ま、将臣!」
 二人の目の前で、望美の大きな瞳が二、三度瞬かれる。
 す、と持ち上げられた指先が、許しを乞うように胸の前で合わせられ、そうして彼女の柔らかい唇が開かれて   .
「あ、ごめんなさい頼久さん。迷惑だった?」
    頼久の疑念をはっきりと肯定するように、謝罪の言葉が紡がれた。

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